東京・町田にある高台の住宅街の一画に「本町田遺跡公園」。
所在地 東京都町田市本町田3455
(バス停「市立博物館前」から徒歩7分)
1967年~1968年、藤の台団地造成に伴い発掘調査を実施、縄文時代前期の住居跡4軒と、弥生時代中期の住居跡7軒を発見、その一部を史跡として保存。現在は縄文、弥生時代の住居各1軒を復元し、内部を自由見学できるようになってマス。
スポンサーリンク
園内にはガイダンスルームも。本町田遺跡出土資料の展示や、わかりやすい解説資料アリ。お手洗い完備。
とてもキレイに整備されている遺跡公園です。
発掘調査当時の本町田遺跡の写真・・・すっかり辺りが住宅地となっている現在との違い。
本町田遺跡公園は、老朽化を理由に、2007年度から復旧工事が行われ、復元住居の建て替え、園路の整備、多目的施設の建設を完了し、2011年度にリニューアルオープン。
復元住居は、縄文時代前期と弥生時代中期のもののつくり方の違いを比較できるようにしたとのこと。
園内の遺構の配置図
復元住居以外は場所がわかるようになっていマス。
このように。
復元住居は、写真向かって右側が弥生時代、左側が縄文時代。
建屋の中は薄暗いけど、外が明るい時間帯なら、大丈夫なぐらいだョ。
燻したようなかおりが・・・したかも???(茅葺の古民家でもあるあるよネ)
縄文時代と弥生時代の住居の見分け方は、件のビジターセンターでもわかりやすい資料が配布されてマス。
大きな違いは、建物内部に4本立つ「主柱」と、それをつなげる「横木」。縄文時代住居は先端が分かれた叉木(またぎ)の丸太をそのまま主柱に使い、横木を植物のつるで縛って固定。弥生時代住居は木材を加工し、主柱と横木を組ませて、より強固なつくりにしています。
そして住居内壁面について。縄文時代住居では枝を集め、編むようにして水や害虫などの侵入や土壁が崩れるのを防止。弥生時代は板の製作が可能となったので、密接して壁をつくることができるようになりました。・・・・・・とのこと。
かなり高台にある本町田遺跡
0 件のコメント:
コメントを投稿